読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ADHDとして死なないための遺書

死んでないだけで生きてもいない。そんなところから立ち直れたら、これは遺書ではなく偉人伝になる。

褒められて伸びるタイプです

職業訓練で疑似面接をしましたので、そこで「私だったらこう答える」というまとめ。

 

1:2015年、テレビやドラマや映画で心に残ったことは?

2014年でモーニング娘。14を道重さゆみちゃんが卒業したことがまだ印象に残っています。

私は2013年からモーニング娘。ファンをしていて、ちょうど5期メンバー最後の新垣里沙ちゃんから第6期メンバー道重さゆみちゃんにリーダー交代の時期でした。

みなさんがご存知のモーニング娘。といえば、なっちこと安倍なつみちゃんや後藤真希ちゃんなど、いわゆる全盛期、初期メンバーだと思いますが、

この道重さゆみちゃんはその第6期メンバーで、ソロとしても活躍していたミキティーこと藤本美貴ちゃんと同期としてモーニング娘。に加入しています。

しかし、その後のモーニング娘。の活躍は下火の時代を迎え、テレビで見かける日も減っていました。

藤本美貴ちゃんや矢口真理ちゃんなどのスキャンダルによる脱退で、イメージダウンしていたモーニング娘。

そんな中、道重さんは、歌もダンスもお世辞にも上手ではないのですが、

毒舌キャラとしてテレビに出ることが少しずつ増えていき、

モーニング娘。は知らないけど、道重さんは知っている」という形で、その下火を絶やすことなく繋げてきたその人なんです。

彼女はテレビでは「私が一番かわいい」と豪語するのですが、

本当は責任感が人一番大きく、「歌もダンスも下手な自分」というのをきちんと分析したうえで、自分がモーニング娘。のためになるならば、と、その嫌われ役を買って出た、とても勇気と強さを兼ね備えた人物なのです。

そんな道重さんの本当の姿を知ってから私もファンになりました。

このように、組織のために孤軍奮闘できる道重さんを本当に尊敬していてやまない存在なので、2015年は「私も道重さんのように、努力家で責任感のある存在になりたい」と思う1年でした。

 

2:ここにたくさんいろんな種類の大きさ・形の紙があります。これを使って出来ること、10個考えてください。

 

一つは、朝。「おはようございます。今日も1日がんばりましょう!」と書いた、ウエルカムボードを作ります。

2つ目は、午前の仕事で知り合った人に渡す名刺です。「初めまして。がぶりゃーと申します。今後もよろしくお願いします。」と言って渡します。

3つ目は、お昼の休憩で席を外す際に「席を外しております。1時にもどります。」と書いた、デスクに置いておくメモです。

4つ目は、先月の仕事を評価された際に渡される賞状です。「予算達成おめでとう」と書いてあります。

5つ目は、電話中の上司に渡す、来客めもです。「取引先の○○さまがいらっしゃっております。取り次ぎますか?」と書かれています。

6つ目は、昨日頼んでいた同僚からの仕事が帰ってきていたので、不在の同僚の机に「仕事ありがとう!助かりました!」と書いて、感謝を伝えるカードです。

7つ目は、明日のスケジュールを詰めるための手帳です。「明日のアポイント忘れないように!」と、明日の自分へ向けたメッセージを書きます。

8つ目は、先に帰る自分が、残業している先輩にそっと「お先に失礼します。手伝えることあったら、いつでも言ってくださいね」と伝える手紙です。

9つ目は、部屋にかざる絵です。絵画を美しいと思う心があるときは、心身ともに充実しつつも、余裕があるときなので、これを見て「今日もきれいだな」と思えるようにかざります。

10コ目は、家に帰ってピアノを弾くための楽譜です。ピアノを弾く時は、楽しいこともつらいこともすべて忘れることができます。

以上、自分の感情を自分や人に伝えたり、自分の中で整理するために10枚とも使いました。

電子化でペーパーレスの時代と言われていますが、これらのうちほとんどは手書きで書かれるものですので、電子の文字では伝わらない感情を伝える手段として、まだまだ紙には存在価値がある、と考えました。

 

3:あなたにとって仕事やプライベートなど、5つ、優先順位をつけて答えてください。

私にとって、人生を生きる上で大事なことは「自分らしくあること」です。

そのうえで、自分らしくある自分を受け入れてくれる場所がその優先順位の順番になってしまうので、常に変動しますが、理想としては、

自分らしさを受け入れてくれる仕事、

自分を受け入れてくれる上司や同僚、

自分を受け入れてくれる友人や恋人、

最後に自分の時間です。

自分の意見を貫けるかどうかは、その時その時の状況で変化しますが、

その意見を伝えることと、自分の中ではこう思うということは別だと思うので、

臨機応変に会社の得になるだろうと判断したことは伝えていきたいと思います。

 

---------------------

3つ目の問いは実際に私の疑似面接の場面で言われた問題です。

 

チェックをしていたクラスメートのコメントは

「単に答えるだけでなく仕草もつけていたので、とても分かりやすいと感じました。自分の軸をきっちり持っていることもいいと思います。面接中、大きな動揺もなかったのはすごいと思いました。」

 

3を投げてきた面接官役のクラスメート(元人事)のコメントは

「とてもまじめで誠実な人柄が感じられました。向上心やしっかりしている、芯の強い面と笑顔のやさしい、可愛らしさのバランス、とってもよかったです。ステキ!」

「がぶりゃーさんでも緊張するんだなあと思って(笑)普段とは違う一面でした」

 

あと、先生のコメントは、

「入室時の笑顔が今までで一番良くて、第一印象の好印象が確定しました。

意見を言ったうえで会社と結びつけた答え方もよかったです。

頭の良さが出ていました。それと、面接開始時に「本日は忙しい中お時間をいただきましてありがとうございます」と、テンプレート+αで、人と差別化しようとしている姿勢もよかったです」

 

とのこと。

 

3人とも印象のチェックには

「まじめそう」「かっこいい」「テキパキしている」「しっかりしている」

がついてました。

 

めっちゃ褒められた。うれしい。これが自己肯定感なのか。うむ。

 

自分の良さをアピールするって、難しくて、

自分が思う良いところと、人から見て良いって言われるところって結構ギャップがある。

自分ではこうやって「自分を貫く」とか「芯が強い」とか、

「頑固でめんどくせーやつ」って思っちゃうけど、

それも見方には「自分つらぬいててかっこいい!」になるのね。

褒められて伸びるので、こうしてポジティブに捉えてもらえるとほんとにうれしいね。

狼は群れるが虎は群れない

所属している吹奏楽団で、団内アンサンブル大会が開催された。

夏の終わりに開催が発表され、準備期間は丸3か月。

しかし、申し込みをするには仲間を誘わなければならない。

 

誘われる人、誘われない人

結論から言うと、私は誘われなかった。どこからも。

夏の間から、友達が「私2か所から誘われてるよー」「私もー」などという話を聞くたび、憂鬱な気持ちになった。

誘われないのは私だけではなく、ほかにも何人かいた。

その人らも含めて、誘われない理由を分析すると大きく2つだ。

・人として癖があるから誘われない(気が合わない)

・奏者として癖があるから誘われない(アンサンブルしにくい楽器の所有者、下手)

(本当は、「こいつは自分で誰か誘ってやりそうだからあえて誘わなくてもいいでしょ」が大きい理由だとも思う。でも、自分には上記に感じたのだ。)

 

逆に、誘われる人の特徴を分析すると大きく2つ。

・人柄がいい。仲が良い。(下手でもよい。)

・奏者として使い勝手がいい(すごく上手くもない程度の人物を誘う傾向あり)

 

そして自分は、「みんなが自分のことを下手だと思っているのか、口出したらうるさそうだと思っているのか、単純に使いづらい楽器だったのか」

と、早々に見切りをつけ、「ソロで行こう」と決意する。

 

ソロ

ピアノの伴奏だけは、仲がよく、かつ家が近くて練習しやすく、かつある程度の実力があり、自分のフラストレーションをためずに済む人物に本気で頼んだ。

あっさり引き受けてくれ、めでたくアンサンブル大会出場できた。

選曲も、その場にあった楽曲集から

「この曲は自分に合いそうだし、そこそこ難しいから≪がんばったね感≫がでそうだし、

多少自由にできて、速さの限界に挑めばかっこいいだろ」と、半ば衝動的に選んだ。

 

最初にスタートした時は、♩=132でもぎりぎりだったが、

最終的には♩=208まで上げることができ(多少ごまかしはしたが)

コツコツ積み上げて練習して、それについてきてくれた友人には頭が上がらない。

 

緩急の急の部分が上記で、最初に取り組んだきっかけでもあったので、

特に悩むことはなかった。

ただ、緩の部分は最後の1週間で怒涛のクオリティに引き上げたw

これは元来自分は「楽器でうたう」ことが最も得意であり、しかも

有名な曲なので、Youtubeで検索すればプロの演奏が聴ける時代である。

大会当日の午前に練習した際に、ピアノの子に

「超揺らすから良く聞いてね☆」で合わせてくれるのだから、本当に友人には恵まれている。

 

演奏結果

私は最初から優勝狙いであった。

しかしアンサンブル大会であるので、ソロ大会ではない。

つまり、アンサンブルの規模が大きければ、その分チームワークや迫力という点で必ず負けてしまう。

なので最初から、規模の大きいところが手を抜いてくれることを祈りつつ、

こちらは全力で迫力負けしないように入念に準備をした。

 

結果から言うと、次点か3位だったらしい。優勝しか発表されていないが。

点数のつけ方も、今回団内アンサンブル大会を開催するのは初めてだったこともあり、

あまり得票差がつけずらく、上記のチームワークを評価する形であった。

 

そこを含めても、やはり、「優勝したかった」のだ。

打ち上げでも「自分の演奏はどうだったか」を聞いて回り、

帰りの電車では悔し泣きをして、友人たちに慰められながら帰った。

 

自分の演奏の出来は満足しているし、決して他の団体に比べて劣っていたとは思わない。

ならばなぜ。と。

 

評価

打ち上げや帰りの電車で話してくれた友人が言った言葉。

「がぶりゃーは、合奏のときよりも全然上手で驚いた。普段からそうやって吹けよ(笑)」

「がぶりゃーは8本の迫力に負けないくらいの音量差を一人できちんとつけられていたし、超絶技巧だった。ほんとにすごい良い演奏だった。」

 

こうして評価してくれる人がいる一方で、心にもないことを放った人物もいた。

「普段からピロピロ吹いてるから、それが難しいのかわからない。

いつもこんなもんじゃん?って思った。

結局、自分の担当でない楽器を評価なんてできない」

 

審査用紙は無記名だが、ある程度筆跡や文面を見て、だれが書いたのか特定できる。

それを見ていても思うことは、

・普段から実力のある人は、きちんと「音楽」を評価してくれていた。

・そうでない人は、「その楽曲」を評価していて、的外れ。

・さらに、先入観で「この人は上手いらしい」という噂に流されて聞いている。

現に、私の演奏に高得点をつけた人物は、この楽団のトップ奏者たちばかりだった。

 

なので、評価をきちんと下してくれた人には心から嬉しく思い、

しかしその一方で、

「音楽が通じないとは常日頃から感じていたが、こうも差が開くのか」

と、肩を落とした。

 

自分に

今回は、普段の演奏会以上に緊張して、足が震えた。

しかしそれは、「これだけ練習したのに失敗するわけにはいかない」という類のプレッシャーであり、そういう時はたいてい本番は想像よりも良い演奏になる。

悔いのない演奏ができて、良い評価ももらえて、自己肯定感を得ることができた。

それは認めよう。素直に。がんばった自分。お疲れ自分。

みんなの予想を裏切って良い演奏をしてしまったのだ。

驚かせてしまったのだ。

ソロで出てくるほどの実力なのだと、知らしめてやれたのだ。

ただ、評価できないほどのレベルの差がそこにあった。

音楽の中身を見ることができない、残念な人もいるのだ。

ワタシワルクナイ。評価できない人が悪い。

この結果は嘘ではないし幻でもない。真実だ。

これからは「超上手い人」扱いされるのだろう。

次にアンサンブル大会が開催されるときには、「がぶりゃーを誘おう」となるんだ。

きっと。そうだ。そうだといいな。

 

みんなに

でも、これは言いたい。

 

人の演奏の良いところも悪いところも、きちんと評価できなければ、

自分の演奏を自分で伸ばせないということ。

それは、私が1舞台に上がるたびに3歩進むところを、1歩しか進めないと自覚してほしい。

他のみんながどう練習してきたかは知らないが、

結局「人の言いなりになって楽しいのか?」

そうじゃないだろ。

自分の個性や長所を知らないで、周りに合わせることばっかりに気を取られて、

音を並べるだけじゃ、音楽だなんて言わないんだよ。

自分は自分だって、胸張って演奏しよう。

悔いが残る演奏なら最初からするな。

「人事を尽くして天命を待つ」って言うだろ。

尽くしてないから悔いが残るんだよ。

尽くしたなら誇れよ。自分を。

どこをどう頑張ったか、具体的に並べて、思ったよりたくさんできたなら、

それでいいだろ、十分すぎるほど頑張ってるじゃないか。

言葉にして。もっと。私一人の言葉なんて、限りがあるから。

 

さいごに

今回のアンサンブル大会で泣くほど悔しい思いをしたのは、

結局「私はもうみんなの手の届かないところにいて、ここでもマイノリティだと気付かされたから」

自惚れ上等。

聴くに堪えられない演奏をした奴らと同列に扱われるのは本当に腑に落ちないが、

その程度の連中とつるんでぬるま湯でやっているのだから、しょうがないんだ。

 

それでも

あの美しい響きを聞いたのは久しぶりで

聞いてるこっちも楽しくなるわくわくする演奏があったりしたし

採点用紙から顔を上げて目が離せなくなった演奏もあった。

自分が思ったより上手だった人も

自分が思ったより下手だった人も

私にもあったのだ。だから今回は痛み分け。

 

群れるようで群れない虎である自分と。

群れないようで群れて狩りをする狼たち。

孤独というとさみしいが、孤高というとかっこいい。

狼の皮をかぶって狼に溶け込んでる奴もいるけれど、

私は虎のままでいいや。

こんな人間に懐いてる虎の方が、かわいげあるだろ。

大人になってもいえない傷を治すには

最近であったある人から質問された。

なぜ引きこもりや鬱になったの?」と。

私は素直で明るいし、家族もいい人そうなのに、なぜ。と。

 

その人に対して私が出していた情報はこれ。

・父は教師で、お堅いまじめな人。

「この名前のこはみんな優秀だったから」という理由で私を名づけた人。

それを誇りに思って20数年生きてきたが、ある日

父と一緒にお酒を飲むと

あれ、飲み屋のねーちゃんの名前なんだぞ、おまえまだそれ信じてたのか(笑)

と、大人になって父のいい加減さを知る。

・姉は看護師で、さらにお堅いまじめな人。

母親を亡くした直後、

「母さん、家族で麻雀するの夢だったから」

と言い出して、家族のだれもが

「え、ねーちゃん麻雀なんて絶対やらないでしょ」と思っていたのを裏切り、大学で麻雀覚えてきて、

初めて家族4人で麻雀を介してコミュニケーション取れるようにした人。

・母は高校生の時に他界。

ゲームとたばこが好きな人で、ドラクエの7までしかやってないから

8以降は仏壇に供えてから私がやる。

 

こんなところだ。

 

そこで私も初めて知った。

この上記の情報を出すのは、大人になってから見た家族像だと。

でもよく見ると伏線がある。

 

家族4人で=名前を出していない人物がもう一人いる。

初めてコミュニケーション=それまでコミュニケーションとれていない

飲み屋のねーちゃん=父は母に対して不倫に近い行動をしている疑惑

 

本当の情報はこれだ。

・父

教師なのをいいことに、土日は部活指導しているので、家にいない。家庭は母任せ。

自分が絶対だと思っている。

人に話すことは得意だが、人の話を聞いたり興味を持ったりしない。

・兄

長男。父と母、ともに教師の元に生まれ、英才教育を施され、

それに耐えきれずドロップアウト。中卒。

ひきこもり、ヤンキーになり、父に反抗できない代わりに母姉私に暴力振るう

・姉

長女。兄からの暴力で、ヒステリー気味。

父兄に反抗できないので、母私にヒステリーを飛ばした

父の干渉も受けず、(もしくは、要領よく自分の人生設計するために自分を殺して父と良関係を築いているように見せて服従)

国立大学卒、看護師で、父の自慢になることで家族の呪縛からうまいこと逃げた。

・私

姉からも兄からも虐げられ、反抗期には母親が病気&死去。

しかも父親は、自分の考えは押し付けてくるのに、私の話は聞かない。

反抗できる相手はおらず、自分を虐げるしかなかった

 

ここまでは、あえて教えたくない情報だと自分で判断したうえで、

カモフラージュのために上記の情報を出していた。

この情報を出したところで、この幼いころの家族像を壊すことはできないし、

自分にとっても相手にとっても不快な気持ちになる。

 

けれど昨日話したその人は、「じゃあどうしたら君は幸せになれるのか

を前提に置いたうえで、私の話をうまく整理できるように促してくれた。

 

・家族の話を使い分けていたのは、臭いものにふたをしていた。

・でもその中身は、

私が家族を尊敬していたり、少なからず愛情を抱いているにもかかわらず、

それが受け入れられない一方通行の状況から愛情に飢えており、

それ故、《自分の望みが人に受け入れられることはない≫という前提で人間関係を構築するようになった。

・だから、最初にだした情報のように、

「少しでも自分に関心を持ってもらえるように、面白い話や女の体という餌をまいて、

相手を誘惑する術を磨いた。」

・だから、それを受け入れてくれる人に対して、

「こんな自分を好きになってくれてうれしい。有難い。」

と感じる。それがたとえ体を求められるだけの関係だったとしても。

・だから、相手から質問を投げてくれるという行動そのものに対して、

「自分に関心を持ってくれている」という安心感を得られる。

 

自己肯定を自分ひとりですることは、

自分が持っている引き出しの中からでしか生むことはできない。

缶から缶へリサイクルしているのと状況は変わらない。

 

そこに何気ない行動や言葉が少し入るだけで、缶から車いすを産む。

 

受け入れられることが増えていって、

そうしたら自分の望みが出てきて。

それを叶えようと助けてくれる人が現れて。

 

そんな夢みたいなことがあったら、奇跡があったら、

何かかけがえのないものを代償にしなければいけない気がして、

なんだか素直に受け止められない。

 

缶は缶のままが幸せなのか。

車いすになるかわりに失うものは、果たしてなんだろう。

 

隣の彼女があほで愛おしい

今通っている職業訓練で、たまたま席が隣の4つ上の女の子

とてもかわいい。

ギャルっぽい感じではないけれど、水商売してそうだなって第一印象で近寄りがたかったのだが、

たまたまご飯を一緒に食べたらとてもいい子で、ゆったりした口調で話す。

それ以来毎日一緒にご飯を食べていて、すごく仲良くなれた。

そして気づいた。

あんなに私が「暇だ、眠い、まだかよ、おせーよ」といらいらしているあの授業に、

全然追いつけていない人がすごく近くにいたことに。

 

私の通っている職業訓練は、簿記からワード、エクセルなどの事務経理科で、

一般的な職業訓練であり、障害者向けのものではない。

私が通う目的は「生活保護を受けずにお金をもらう方法」として、

市役所の支援員さんが「これなら、失業給付が延期されて受給できるから、

それまでに体調を整えたり昼夜逆転を直したりして、就業にも自信がつくでしょう」

と、勧めてくれたものだ。

専門学校が県から委託を受けて講義してくれるもので、

3ヶ月の座学+1ヶ月の職場実習の全4ヶ月。

受講始めて一ヶ月半がたち、今ちょうど日商簿記の試験を終え、折り返し地点だ。

もともとカリキュラムが、「11月の日商簿記3級には間に合わないでしょう」と

講師が豪語していて(前記事で述べたとおり、私はこの講師の見下した態度がすごく嫌いである)、

まあ確かに、1ヶ月半で週9時間~15時間程度しか簿記の授業はなく、

パソコンの授業の方が多い。

なので、講師の言い分としては「なので、日商は2月に受けるとして、全経簿記3級なら間に合うからそっちをとりあえず目標に」だそうだ。

その専門学校が会場になるわけだし、理にかなっているのはわかる。

が、授業の半分程度が終わった頃、全経の申し込みをするのに

「この程度だよ」と渡された過去問題で100点を取ってしまった私は

「あ、絶対これいらない。日商も確実に通りそう」

と早々に見切りをつけ、授業は流し聞きをしつつ自分の学習に励んだ。

(まあ結果としては「災難回」と呼ばれる、「合格予想率18,8%」という

神がかり的な難しい回にあたってしまい、合否が現時点では危ういのだが・・・)

 

そんな状況の中。

前述の隣の席の子は、いつも頭を抱えているのだ。

この講師も悪いし、カリキュラムも悪いのだが、

「できない子でもわかりやすく教える代わりに遅い」でもないし、

「できる子に合わせてめちゃくちゃ速い」でもなく、なんとも中途半端なもので、

「確かにわかりづらいだろうな」と感じる場面が多い。

でもさすがに全経は簡単だし、授業で配られたところしか出ないし、と、

最近まで声をかけるか、私は躊躇していたのだ。

 

でも彼女が気がかりで、「何点取れた?」と軽く聞くと、

「72点・・・(´・ω・`)」と、返された。

これはやばい、あと二日だぞ。

「どこがわからないの?」

と聞いたら、「ここ」と言った。

 

なるほど。

先ほど例の講師が解説中に

「これくらいの問題なら、わざわざバランスシートを書いて解くこともないでしょう」

と見下した態度で、説明を省いたところだった。

でも、よく問題を見ると、3問目に問われている箇所は4問目の値を使って出さなければいけないから、

ひっかけというか、少し解く順序の融通を効かせて解かなければいけない。

 

なので、まず4問目の値が出せていれば後は簡単だ。

私は「どこまでわかったの?」「どういう風に解いたの?」と聞くと、

「ここまではわかった。でも・・・」と、ゆったりした口調で、困った顔をしてうつむく。

そうなると、私は自分の中で「いかにヒントを上手に出すか大会」をスタートさせる。

「おちついて整理して考えようね。この(エ)はどこでしょう?」

と、私が書いたバランスシートと損益計算書の図を見せる。

「・・・・・・ここ?(´・ω・`)」

と、すごく自信なさそうに聞いてくる。

はい正解(・∀・)」食い気味で私が答える。

期首は「今年のはじめ」だよ、期末は「今年の終わり」だよ、当期は「その間を計算した結果」だよ、などと出来るだけ噛み砕いて説明して、

「・・・ここまでは大丈夫?」と顔を上げて彼女を見ると、

必死な顔をしつつも、コクコクとうなずいた。

「じゃあ当期純資産はどこでしょう?」

と、もう一度促す。

 

彼女「・・・ここ!(`・ω・´)」

私「そうそう!できるじゃん!\(^o^)/」

 

15分くらいかけてその問題が終わると、

彼女はすごく満足そうに「できたー!!(`・ω・´)」と言って、

「先生よりわかりやすい!」と私を褒めてくれた。

 

教えること

講師たちを見ていてはがゆいのはこれだ。

・わからないと言っている子も、ちゃんと覚えている部分がある。

・インプットさせようと必死にこちらがたくさん言うよりも、

 ヒントを出してあげて、

 彼女がアウトプット出来るように道を作ってあげること。

・出来たら「出来るじゃん!」とか「やったね!」とか、声をかけてあげること。

 

本当の意味では、私は教えてはいないのだ。

ただ、できるだけ要領よくやる「方法」は覚えてもらいたいから、

私「桁よく見て!指さして!書いたら問題用紙にチェック入れてもう一回見て!」

彼女「あっ0ひとつ足りない!」とか、

私「3文字書いたらカンマ打つ!後から打たない!」

私「減価償却累計額とか長い単語は、

  減価=価値が減った、償却=なくなる、累計額=そのまんま って、

  区切って意味を考える!」とか、

そういった「方法論」を手ほどきしたにすぎない。

でも、こうした「道」を作ってあげれば、

明日引きこもって勉強する!と意気込んでいた彼女が、

「わからない・・・覚えられない・・・」と、

己を嘆かなくて済むのではないか。と。思う。

 

ささやかながら、彼女の健闘を祈っている。

 

苦しみの中でみたもの

ツイッターに連投した、インプットとアウトプットのバランスが崩れていることに気づいて、このブログを始めるきっかけになったつぶやき達。

 

________________

 

10教わったうちの10以上の事を息をするように飲み込んでしまう。

 

例えば、教え方が下手な先生、上司の講義。「今言ってもわからないだろうから、また出てくるんで、今日は触れるだけにしておきます」この一言は、本人にとって悪気もないしそれが最善だろうという判断が読み取れる=10とする。

 

しかしこの10に対して、

1:「いやそこまで言ったなら続きを教えて欲しい」という知的好奇心、

2:「その程度もわからないと見下されて馬鹿にされている」と感じる不快感、

3:「私ならこう教えるのに」という代案…

4:「そもそも教える方法が現時点でこの人に備わってないからでは?」という不信感…などなど、

自分の場合は、これだけのことを脳内で補完した上で最初の10のインプットを完了する。そりゃ苦しいはずだ。

 

飲み込めないときには、言いたいけれど言えない=インプット量がアウトプットを遥かに凌駕している。

 

「スルースキル足りないんだよw」と、昔友人に言われたことがようやく飲み込めた。多くの人は、10言ったことに関して感心が無ければすぐ忘れ、その言外の意味を自分に置き換えて考えたりするなどの補完することもなく、人の話を聞いている。

 

それだけ補完された情報が脳内に入り乱れているのだから、他の人よりもアウトプットをずっと多くする(=愚痴る)か、補完作業せず聞き流す(=スルー)の、どちらかを選択しなければいけなくて、それをしないで見ないふりをしていると、他が手をつけられなくなる。

 

つい最近、すごく教え方が上手な先生が、私を「あなたはとても優秀だけれど、人より優れていることも障害と言える。私もそう感じたことがあるから」と話してくれた。それとも繋がった。

 

自分はリアクションが苦手なのだ。当たりさわりのないリアクションが難しく、人を追い詰めてしまうことがよくある。それに気づいてからは気をつけて言わないようにしていたけれど、それは結局、自分を苦しめていた。

 

________________

 

さっきの投稿でもわかるとおり、

私はこの「優秀」という言葉が好きだ。

人間的な魅力だとか生活力だとかが皆無な私に残された、

自己肯定の最後の砦だ。

それ以外のどんな褒め言葉も、「はいはい、お世辞お世辞」としか思えない自分が、

唯一この言葉だけは「この世界に存在していてもよい」と思える。

 

優秀という言葉は本来相対評価というものさしで測る言葉なのだから、

たまたま私のいる環境において「優秀」という意味なのは理解している。

もっと優秀な人はたくさんいる。

それでも、私にとっては相対評価でしか自己肯定感を得られないし、

人より劣っている部分は人に言われる以上に自覚していて、

≪死んでないけど生きていて、生きているけど死んでいる。≫

そんな状態の人間に垂らされた、クモの糸。

 

ADHDと共に生きる

27歳独身女子。ひとり暮らし。

今年2015年3月に、1年勤めた会社を適応障害と診断され、6月で退社。

その後、看護師の5つ上の姉に「適応障害って言われて退職した。心療内科通ってる」と伝えると、

「あんたは昔から、ADHDなんじゃないかって思ってた。それを医師に伝えてみて」

と。

その旨を医師に相談したら、

「あなたが来たときのカウンセリングから、その疑いはありました」

とのこと。

8月から9月にかけて、心理士による検査が行われ、

最大IQ119に対して、最小IQ98と診断され、

晴れてADHD持ちとして、向き合う人生がスタート。

 

もともと「忘れ物が多い」「部屋が汚い」「朝起きられない」と言った症状はあって、

でも家族全員そうだったから、「そんなもんでしょ」って気持ちも強かった。

それに、障碍者に対する偏見・先入観、とても良くないイメージしかなくて、

見下してた。自分は優秀だし。って。

 

でも高校生の時にひきこもりがちになって、学校も出席日数ぎりぎりで卒業して、

浪人してもその生活は変わらなくて、

フリーターしながら「優秀だった過去」なんか忘れて、

「どうせ自分は底辺を生きてる(でも障碍者じゃないだけマシ)」

って逃げてた。

 

今思うことは

 

社会に適応すること=圧倒的多数派に合わせること

 

それが、苦痛だったという事実。

 

最近言われた職業支援の先生に言われた言葉。

「優秀なことは、時として障害になる。」

だって多数派じゃないから。

 

みんなより簡単に理解できる。

それはつまり、授業は圧倒的多数派に合わせて進行していて、

その間自分は暇をもてあそぶ。

他の人より同じ時間でよりたくさんインプットしようと、

ノートを字いっぱいに埋めたり、

教科書の先の方まで読んでいたりして。

 

それで、「大事なこと聞いてない、人の話聞いてない」

なんて言われても、「私に合わせてないのはそっちでしょう」と思うのだ。

 

ようやく開き直れた。

優秀だから、この障害を受け入れられた。

優秀だから、この障害に気づいて、苦痛を感じていた。

優秀だから、自分を責めることがバンバン脳内に出てきて、パンクしていた。

 

阿呆に生まれていれば、こうして自分が思い悩むことも、

適応できていない事実にも、

周りと違うという客観的な判断も、

なにも生まれてこなかったんだ。

 

すべて、自分の中の「考える能力」がもたらした。

ADHDという障害も、この

「脳内でバカみたいに常にフル回転しているから、

ささいなことに気付けなくなるんじゃないのか」って結論で受け入れられた。

 

今日このブログをスタートするのは、ただの自己満足であり、

この常にフル回転してパンクを抑えるための、

アウトプット手段のひとつにしかすぎない。

薬で対処療法するのと同じ。療養の一つだと思って、

気軽に書く。

 

ただ、事例として読みたい人もいるかもしれないから、

こんな私の行く末を、遺書だと思って読んでほしい。